空音

登場人物

 
征人(ゆきひと)♂
鈴(すず)♀
烏A 不問
烏B 不問
千春(ちはる) 不問
 
※以下はセリフ数が少ない為兼役でも大丈夫です
男A
男B

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【空音(そらね)】
 
 
 
 
鈴  「ねぇはやく、ねぇってば」
征人  「そんなに急がなくても大丈夫だよ、ほら。走ると危ないから」
鈴  「ふふ、大丈夫よ。私これでも運動神経はいい方なのよっ、きゃ……!」
征人  「そういう話じゃないんだよ、ほら……ね?落ち着いて?」

鈴  「うふふ、……ごめんなさい、貴方と出掛けられるのが楽しくてついはしゃいでしまったわ。あぁ、征人さん…これからは貴方とずっと一緒に居られるのね…」
征人  「そうだね、これからはずっとずうっと一緒だ」
 
 
男  「おめでとう」
征人  「………はい、」
男  「これは大変な栄誉だ。国の為立派な働きを期待しているよ
征人  「……はい。」
 
征人  『あぁ忌々しい赤め…せめてもっと早く僕に守るべき存在(もの)が出来る前に来ていれば国の為にと胸を張って蒼天を仰げただろうに』
 
鈴  「征人、さん……?今の軍人さんは一体……」
 
征人  「…!!」
 
鈴  「……その紙、どうして…?どうして折角一緒になれたのに離れ離れにならなければいけないの…?生きて帰ってこれる保証もない場所へ、どうして貴方が……、あぁ…神様は意地悪だわ…!いいえ、いいえ違う、人間が愚かなのよ戦争だなんて……!どうして征人さんが戦地に行かなければならないの…!?」
 
征人  『国の為、栄誉の為と言いくるめられ物言わぬ骸(むくろ)となって帰ってきた若者達を何十人と見てきた。彼等にも輝かしい未来はあったのに……』
 
征人  「大丈夫。僕は必ず生きて戻る。国の為身体は張れても命まで捨てるつもりは無い。命を賭して守りたいのは、国じゃなく君だから」
鈴  「でも…でも!そう言って生きて帰ってきた人は何人も居ないわ、戦場なんて死にに行くようなものでしょう…!嫌よ私、貴方が居ない世界なんて嫌…!!」
 
征人  「絶対に生きて帰ってくる、必ず君の元に帰ってくるから…!」
 
征人  『行きたくない、生きていたい。これから先必ず訪れる死ならば君の隣で君と共に眠りたいのに…』
 
鈴  「絶対に…?」
征人  「絶対に」
鈴  「帰って、きてくれる?」
征人  「帰ってくるさ」
鈴  「…本当に?」
征人  「本当に」
鈴  「信じて…いいの?」
征人  「信じてくれないのかい?」
鈴  「だって、恐ろしい所よ心配で心配で……」
征人  「…毎日手紙を書くよ。毎日、君に宛てて。だから君も返事を書いてくれるかい?」
鈴  「…書くわ、私も毎日貴方に宛てて書きます…だから、だからきっと生きて帰ってきて下さいね…?」
 
男B  『聞いたよ。出兵だってね?』
男A  『良かったじゃあないか。お国の為だ、立派に戦ってきておくれ』
男B『いやぁしかし奥さんも貰ったばかりだというのにね』
男A『しかし、大変な名誉だしっかり、努(つと)めてくるように』
母  『征人……どうか無事で、鈴さんと私は此処で待っていますからね』
 
征人  「必ず生きて戻るよ。君をもう一度この腕に抱く為に……」
 
 
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千春  「奥様、新しい便箋(びんせん)はいかが致しましょうか」
鈴  「そうねぇ…紫陽花(あじさい)にしましょう。向こうでは花を眺める余裕もないでしょうし、庭の紫陽花を思い出してもらえるかもしれないわ」
千春  「旦那様もきっとお喜びになりますねぇ、今からお返事が楽しみですね」
鈴  「えぇ、そうね……」
 
 
(庭の木の上に子供が2人)
 
烏A  「戦場にいるのに元気なの?」
烏B  「本当は別の誰かが書いた偽物だったりして!」
烏A  「きゃっははははは、それなら彼はもう死んでるって事かな?」
烏B  「くすくすくす……彼はもう海の底かも!」
烏A  「きゃはははは、見知らぬ土地で朽ち果てて居るかも?」
 
 
鈴  「誰なの……!?貴方達誰なの、あの人は生きてるわ、だって手紙が…!」
千春  「奥様…?(あたりを見渡すも誰も居ないので不審がる)奥様どうなさいました…?」
鈴  「……先刻(さっき)あの木の上に居たのよ、子供が、気持ち悪い声で笑う子供が2人……!!」
千春  「…?奥様、子供なんて居りません、よ?」
鈴  「……嘘よ、先刻までそこに、白い子供が……!」
 
 
鈴  『ねぇ、征人さん。あの子供達怖い事を言うのよ、貴方が居ない最悪を』
 
鈴  「千春……ねぇ千春。あの人、征人さんは生きて帰って来てくれるのかしら……」
千春  「旦那様はきっと帰ってきます!奥様が信じずに誰が信じるのですか」
 
鈴  『信じるわ、信じているわ…でも、じゃあどうして未だに貴方は帰ってこないの?』
 
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烏A  「彼は生きているのかな?」
烏B  「さぁ、死んでいるかも!」
烏A  「どうしてかな、戦争はもう終わったのに」
烏B  「くすくすくす………これはもしかすると、もしかするかもね!」
烏A  「もしかすると?」
烏B  「彼は死んだから帰ってこないのかもねってことさ!」
 
 
鈴  『一月(ひとつき)また一月……終戦から、もう半年が経とうとしているのに、未(いま)だ貴方は、戻らない……』
 
鈴  「どうして…?どうして征人さんは帰ってこないの?どうして、手紙も沙汰が無いの、どうして……?」
烏A  「彼はきっともう死んでしまったんじゃない?」
鈴  「そんなはず、ないわ…!だって約束したもの、生きて帰ってくるって!」
烏B  「でも事実、彼は未だ帰ってこないよ!」
鈴  「……っ」
烏A  「認めちゃえば?」
烏B  「認めておしまいよ!」
烏A  「彼はもう居ないかもよ?」
烏B  「二度と会えないかも!」
烏A  「認めちゃえよ?」
烏B  「そうだよ、認めておしまいよ!」
鈴  「あぁあ………!煩(うるさ)い、煩い煩い煩い…っ!」
 
千春  「奥様!!?どうされました!?」
鈴  「烏(からす)が、……烏が煩いの耳障りな声で笑うあの烏…!」
千春  「烏、……ですか?」
鈴  「えぇそうよ、庭にいるあの憎たらしい烏達、嘘ばかり吐くのよ…!」
千春  「……?奥様烏なんて何処(どこ)にも…」
烏B  「認めてしまえば楽になるのに」
烏A  「諦めてしまえば楽になれるのに」
鈴  「お黙りなさい烏共……!今度またそんな嘘を吐(つ)いてごらんなさい、その薄汚い舌を千切り捨ててやるわ…!私は待つのあの人を、ずっと、ずっとずぅっと…!!」
千春  「お、奥様……?」
烏A  「きゃっははは、滑稽(こっけい)だねぇ楽しいねぇ?」
烏B  「勝手に待って壊れてしまえばいいよ!」
 
鈴  『あぁ、忌々しい。誰かあの烏達を殺してちょうだい。…征人さんと同じ時期に出兵した人の中には帰ってきている人もいる、それなのにどうして?どうして私の所には帰ってきてくれないの?』
 
烏B  「くすくすくす………自分には来ない幸せが妬ましいんだね!憎いんだね!「
烏A  「醜いねぇ、あぁ醜い。嫉妬に狂った女は醜いねぇ…?いっそのこと見ないように目をくり抜いて聞かないように耳を引き千切ったらいいんじゃない?」
烏B  「それは名案だ!ついでに彼の所にも行けるんじゃないか!」
鈴  「あの人は死んでなんか居ないわ、生きてるの、生きて……私の元に帰ってくるの…!!」
烏A  「本当に?あぁほらご覧よ、手紙が戻ってきたよ?あれは貴方が書いたモノじゃなぁい?」
鈴  「戻ってきてないわ、烏達の嘘よ私を騙す嫌な嘘……!!」
 
千春  「 (玄関から小走りでくる)奥様…!!」
 
鈴  『なに?……千春、貴方の手の中にあるそれは、その封筒は、なぁに?あの人からの?それとも私の……それともあの人の最期を綴(つづ)ったもの…?』
 
鈴  「あ、…あ、いや、いやぁぁぁあ……!!」
 
千春   「奥様…?奥様!?」
 
烏B  「壊れたね」
烏A  「壊したんでしょ?」
烏B  「くすくすくす、そう僕らが壊した!あぁ、楽しいねぇ!」
 
 
┈┈┈┈┈
 
征人  『本隊から離れていた僕の元に終戦の通達が来たのは、三ヶ月後だった…手続きやらなんやらで一年近く足止めを食らってしまったな……でも、やっと帰れる。やっと君に会えるよ、鈴…』
 
母  「征人……?まぁ、征人、征人なの?」
征人  「母さん……!ただいま戻りました…!」
母  「あぁ征人……よく、よく生きて帰って……!」
征人  「本隊から離れていた為帰国までに時間がかかってしまって…ご心配をお掛けしました…」
母  「いいえ、いいえ。貴方が生きて戻ってきてくれただけで、それだけで…っ」
征人  「それで……あの、鈴は…?」
母  「そう、鈴さんもねずっと心配していたの早く帰って元気な姿を見せてあげてちょうだい。彼女最近なんだか…酷く塞ぎ込んでいたようだから」
 
 
烏B  「おや、生きていたね!」
烏A  「あぁ本当だ。でも…?」
烏B  「くすくすくす…………」
 
 
征人  『遅くなってしまった僕を、彼女は叱(しか)るだろうか…あの可愛い声で、少し膨れっ面で泣きながら「遅いわよ」と』
 
征人  「………帰ってきたよ、鈴。……鈴?」
 
烏A  「きゃっははははははは!ざぁあんねんでした、彼女は僕らが食べちゃったんだよねぇ?」
烏B   「食べちゃった、食べちゃった!」
 
征人  「………鈴、どうして…、帰って来るって言ったじゃないか、ほら、ねぇ僕は帰ってきたよ…?ねぇ鈴、どうして、……どうしてそこに、ぶら下がっているんだい…?」
 
征人  『握った手が冷たい、あぁそうか…僕は待たせすぎたんだね、君は寂しくて………』
 
征人  「ねぇ鈴、……目を、覚ましてよ。おかえりって言ってくれよ……っ」
 
烏B  「あーあ、せめてあと一日早かったらね」
烏A  「人間って脆いねぇ。簡単に追い詰められて壊れるなんてさ?」
烏B  「極限状態、ってやつだよ!だからこそ僕らの何気ない言葉に信じてたものを疑って勝手に壊れていったんだから」
烏A  「何気ない一言だったのにね?」
烏B  「それを聞いて信じてたものを疑ったのは彼女だよ。僕らは悪くない」
烏A  「あぁねえ見てよ。彼も自分の首に縄を掛けたよ?」
烏B  「本当だ。彼も後を追うのかな」
 
 
Fin